Sanshiro’s diary

大した事もない日常だけど…

小説 音楽の人

第3章  はじまり

  高校生活も最後になろうとしていたある日、自分はその人と駅であった。確かその人の友達に貸していたビートルズの赤盤を返してもらおうと思っていた時であった。自分はその人に抱きしめられた。自分はまんざら悪い気持ちわしなかった。寧ろ人から抱きしめられたのは初めてだったので自分は感動すら覚えた。

しかし自分の初めて抱きしめられたのは、残念ながら女ではなかった。

  それから自分は1年間浪人生活をした。自分は浪人生活をしてみたかったのである。全く高校の最後迄自分は浪人しても良いと思っていたのでロクに勉強をしなかった。その人はどうしてかわからないが現役で大学に受かった。どうしてあんなにも勉強しなかった人が現役で大学にいけたのかはわからなかったがたぶんその人は浪人はしたくなかったのであろう。

  自分達はその後も度々偶然にも遭遇した。そしてとうとう自分もバンドに入る事となり、浪人生活が終わって都内の国立大学に進学が決まると約束通り自分はその人に連絡をした。

   そうしてバンド活動ははじまったが、自分は初めて加入してメンバーにあった当初からなにか自分はメンバーではいけない様な気がした感情がきっとあった。

その人との付き合いはたまにしかなくバンド活動以外はほぼ交流がなかった。なのでバンド活動をしていくうちに仲良くなっていくどころか、関係はしだいに悪化していく。しかしそんな最中、某アンダーグランドでは有名なボアダムスのメンバーと交流のあるアメリカ人が自分達を大学のライブ会場へ招待される事となり電車をキセルしながらもなんとか大学迄いき楽屋にいれてもらった経験がある。自分達は何故か名前を書かされ、しかしその人は気がつくと楽屋にいなかった。なにかよくわからないがその人はトイレにこもりっぱなしであった。自分はトイレに行くと隣に山塚さんが来て同じく小便を垂らした。自分は全く動じることもなくそのままトイレを出た。しかし恐らくではあるが山塚さんはきっとその人が入っているトイレのドアをノックしたに違いない。しかしその人がどういう反応をしたかは自分は知る由もない。

  決裂はすぐであった。自分のひとり暮らしのボロアパートにメンバー2人はやってきてその人は色々自分の持っているレコードCDを物色したが、メンバーが

アタリのCDを駆け出すとその人は途端に笑いが堪え切れない様に笑いはじめた。自分は全くの意味不明であった。何故音楽で笑うことが出来るのか全くわからなかった。なので自分は自分の気に入ったおススメ曲を紹介するようにかけると、その人はすごく腹が立った様子で

岩瀬君と自分の曲が入れ違ったみたいだと言われた。その言葉に自分は心臓をえぐられる思いがしてかがみこんた。その人はトイレに暫く入ると平然とした顔で戻ってきた。そして自分にアタリのライブに行くかと誘われたが、好きでもなかった心臓をえぐられた自分は首を横にふった。

  それから自分はバンドをやめると手紙を書く。しかし自分はなにかそのやめると書くだけでは我慢が出来なかった。

自分はこう書いた。

自分はウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らしたウンコ漏らした…

  自分はイジメられたんだだから自分はいちご畑には行けないんだ。お前はいちご畑にいる様な奴だ。オレは親父に将来まで拘束されているんだ。エンジニアにならなくてはならないんだ。お前とはもうできない。さようなら

   この様な文書だったと思う、他にも書いたかもしれないが今ではもう覚えていない。しかしもう一度やっぱりバンドやるとやはら手紙で連絡をとったが音沙汰はなくなり自分は捨てられた。

  自分は泣きに泣いたみんな心配きたみたいだがどうしようも出来ない様であった。そして涙を中から色が戻って行く様であった。自分の魂は久々に現実に戻った。しかし諦めがきれず、自分はアタリの2枚目のアルバムを買うと歌詞カードにこんな漫画が載っていた。

あんな手紙を書いた自分は気が狂ったと思いましたか?

 自分は驚愕したが音楽を聴くともっと驚愕した。あれだけ自分を苦しめた音楽が心地よく思えて自分は感動さえ覚えた。それで自分は完全に狂ってしまったと思った。自分はあたかもその人になった様な気がしたが、自分が恐ろしくてしょうがなくなった。

  家に1回帰ろうかと思った。そしたら母親から電話があり、

  帰りたくないんでしょ?と言われた。自分はこのわからずやと意地でも家に帰る。

  家に帰った次の日、光雄くんがやってきた。マージャンをしようと言われた。いつも通りあまり乗り気ではなかったが自分は光雄君の家でマージャンをするとチョンボをする。いつもの様にみんながバカだーと指を指してわらった。いつもの自分はそこで傷つこうが顔では笑うのだが、何故かもう耐えることもできず感情を暴露して立ち上がり帰るといってそのまま逃げる様に帰った。絶対光雄がまたやってくると思った自分は調布の家に帰ると妹にいって家をでた。しかしもう電車にのれる状況でもなく、深夜に家に戻って病院にいくといった。父親は必死にそんなところ行かなくて良いといった。しかし自分は人が怖くてしょうがなかった。人が怖くてしょうがないのに両親が選んだ精神病院はどでかい筑波大学附属病院であった。何故そんな恐ろしい病院を選んだんだと父親にきくと

「よくみてもらったほうが良いだろ」

キチガイな発言をした。

診察には絶対についてくるなといったにもかかわらず親父が診察にたちあった。

相手は医者ひとりと研修生の精神科医

ずらっと13人ならんでいた。自分たちはなにもはなすことが出来ない状況にあった。そんななか父親が切り出した。

「息子がそそうをしたというんです」

自分はそそうってなんだ?と思った。

医者は自分に訪ねた。

足音や物音が気になりますか?

自分はそりゃ普通の人でも気になるときは気になるだろと

「はい」

と答えると父親はびっくりした顔で自分をみた。その時父親は自分を精神病と判断したらしい。その自分を精神病と判断したことについて自分は父に驚愕した。

  自分は診察が終わるとこんどは父母が呼ばれ医者と話した様であった。

 自分はキチンと薬を飲もうねと言われた。自分はもう二度ときたくなかった。

薬を飲むと脳がぐりょぐりょ動いた怖すぎて横になることも出来なかった。その夜は自分は丸くうずくまったまま自分が精神病になった恐怖に最大限にさいなまれて寝ることなどもはや出来なくなった。自分は完全に自信を喪失したその上その直前にいった占いで35歳まで人間関係に苦労するといわれたのがショックであった。あと15年も待つのかと思った。それから勉強といえば人間関係となる…。父親にいつもの般若の顔で戻ってくんのか!戻ってくんのか!と何回も怒鳴られた。自分は絶対に戻りたくはなかったが絶対戻って来いとの意味だろうなと思った。母親をふと見た。助けをもとめたが母親はこちらを見ることすらしなかった。

自分は絶対に戻ってはいけないところに戻ることとなった。

これから20年間ほぼその土地で生きる

ずっと死んだ心地だった。